2018年08月08日

熊谷賢一「すばらしい明日のために」が気になる

自分では弾いたことがないのですが、マンドリンの曲で、20年以上ずーっと、なんとな~く気になっている曲があります。

熊谷賢一作曲「すばらしい明日のために」

まずは、この曲と自分とのかかわりから。

はじめて知ったのは、大学のマンドリンクラブにて。
部室で楽譜あさりをしていたところ、見つけました。
熊谷氏の「マンドリンオーケストラの為のボカリーズ」シリーズが(マンドリン界では)有名で、当時、自分たちでも「暁の歌」「たそがれの歌」「街の歌」を演奏していましたからね。先輩がたは「群炎」を弾いていたそうです。
この「すばらしい明日のために」を部室で試奏してみたものの、パーカッションが入る大編成で(途中、パーカッションだけになるところもあるし)、当時部員が少なかったわたしたちは、演奏をあきらめたんですよ。
あとは、“ボカリーズ”というくらいだからたしかに「歌」なのだろうけれど、ちょっとフォークソングっぽいメロディが、1990年代の若者にはそぐわなかったことも理由でした。
でも、たしかに終盤のメロディはキャッチ―で、一度しか弾いていないのに(しかもほかの音源を聴いていなかったのに)、ずっとわたしの記憶に残っていたのです。

あっ、でも、ちょうどそのころ、熊谷賢一氏から
「日本のマンドリン団体は、楽譜を不法にコピーして、著者の許可なく勝手に演奏して、著作権料も払わないでけしからん!今後自分の曲を、一切演奏してはいけない!!」
というお怒りの手紙が、わたしたちのクラブに届いたんですよ。どうも、全国の団体にその手紙を送っていたようです。
そんなわけで、それ以降、熊谷作品は弾けなくなってしまいました…。

(お金の問題ではないんです。マンドリンの楽譜が普及しておらず手に入りにくかった状況、入手方法も周知されていなかったこと、著作権に対する演奏者の無知が原因です。合同演奏会等でもらった青焼き複写のスコア譜が、貴重な財産だったのです。スコアから手書きで写譜して、パート譜を作っていた時代でした。たった30~25年前でも、こんな感じですよ!)

blog「緑陽ギター日記」の記事「追悼 熊谷賢一氏」 によると、「2000年に凍結は解除」されたそうです。
え~、ずっと知らなかったよ!!たった4年で解禁されたんですね。
ここ数年、たまにYouTubeで他団体の演奏を見かけて、「いいのかな、大丈夫なのかな」と、心配していましたよ。
解禁するのなら、また全国に手紙を送るか、広く周知する他の手段をとればよかったのに、と思います。

それはさておき。


その後、卒業して勤め始めたわたしは、友達に誘われてアカペラのグループに入りました。メンバーの家に集まって、ゆる~く練習したりおしゃべりしたり、たまに演奏会に出たりしたのが、楽しかったです。
ある日、そのお宅の本棚に、「うたごえ」の歌集を見つけました。
年上のそのメンバーは、学生時代にうたごえサークルに入っていて、自分たちで手づくり歌集を作っていたのだそうです。
…その歌集に、載っていたんですよ。
「すばらしい明日のために 熊谷賢一作曲」って。
楽譜を見ると、あのとき弾いた終盤のメロディがあるではありませんか!
ええ~、あの曲って、ほんとうに歌だったの?と、非常に驚きました。
でもこのときは、それ以上の情報がなくて、それっきりでした。

昨日、そのメンバーと18年ぶりに会いました。
うたごえの話題になって、その歌集の話をしたら、
「ああ、『すばーらしーいあしたは~♪』でしょ。熊谷賢一さんの!」
あっすごーい!歌も、作った人も、ちゃんと覚えているんですね!
「自分たちで歌詞覚えて、歌を覚えて、伴奏も自分たちでするんだから、覚えてるさ。」
「でも、みんな年々、歌えなくなってるけどね。どんな歌だったか、忘れちゃうんだよ」
ですって。

帰ってから、調べてみました。

つづきはこちら
posted by いけこ at 22:27| Comment(0) | マンドリンの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする